スイセンの園芸品種を追加

遅きに失したが、スイセンの園芸品種を追加した。実のところ、園芸品種名はよく分からない。野生種は系統立てに従った分類と命名が行われている(はず)のだが、交配を繰り返して育成された園芸(栽培)品種は、系統やランクが決め難いので、属のレベルで栽培品種名の “Fancy name” が付けられている。栽培品種の基になった野生種や古くから存在する栽培品種には一般の命名規約に従った名が付けられている。新しい栽培品種は栽培植物の命名規約や種苗法による品種登録の名があり、種-亜種-変種-品種といったランク付けが必要ない。

ラッパズイセンの品種「エンペラー」Narcissus ‘Emperor’

サクラの園芸品種を追加

栽培植物を追加する予定が滞っていた。
上蒲刈島のカワヅザクラが咲いているとの報道があった。気づけば、サクラの季節も近い。そこで、よく知られている園芸品種をいくつか追加した。広島では、五日市町にある造幣局広島支局の構内が最も多くの品種を揃えている。残念ながら、一般公開は年に一度だけなので、すべての花を見ることができない。ただ、年によって、開花期が2週間くらいずれるので、比較的早咲きが多くなったり、遅咲きが多くなったりする。毎年通っていれば8割くらいは見られるのではないか。

造幣局の桜は大阪の造幣局が始めたもので、本当に「通り抜け」であって、ゆっくり見ることができない。もっとも、私が訪れたのは、1972年の11月だけ、開花期ではなかった。当時、私が勤務していた農林省林業試験場浅川実験林に、国のサクラ保全対策の品種保存施設として「サクラ展示林」が造成されていた(現在は森林総合研究所多摩科学園の桜保存林)。業務の参考に、樹木研究室一同で見学に訪れ、お話を聞かせてもらった。

広島支局では、見学者の数に対して歩道が広いので、ゆっくり観察できる。通り抜けでなく、「花のまわりみち」と名付けられている。この場所は平地なので、サクラの生育には必ずしも適していない。しかし、土盛りをしたマウンド上に植栽されているため、水はけが良く、人の踏圧を受けることもない。しかも、非常に大切に手入れされている。公開日の案内も丁寧であり、申し分ない。

造幣局広島支局の花のまわりみち
サクラの根は踏まれることなく、雨水が停滞することもない

栽培植物の図鑑

 広島県産の野生種子植物については、恐らく90%以上の種の、花や果実の写真を掲載することができた。これを99%以上にするのは至難の業であって、あと10年をかけても無理だろう。自分自身が分からない種類を識別できるように、というのが本来の目的なので、滅多に出会わない野生種よりも、身近な栽培種の方を優先すべきかもしれない。

 ところが、栽培種の名前を正しく知ることは、野生種以上に難しい。私は、以下の文献を頼りにしているのだが、共通の難点がある。

  • 塚本洋太郎 1972. 原色園芸植物図鑑 【改訂版】I~V巻, 保育社
  • 塚本洋太郎(監)1988-1990. 園芸植物大事典. 1~6巻, 小学館
  • 安藤敏夫・他 2001-2003. 日本花名鑑 ①~③巻, 日本花名鑑刊行会
  • Cornell University for its L. H. Bailey Hortorium. 1976. Hortus Third. Macmillan, New York
  • The Royal Horticultural Society. 1999. The New Royal Horticultural Society Dictionary of Gardening, 1-4 Vols, Macmillan Reference, London

 野生植物の図鑑は似たもの(系統)をまとめて、個々の種類の違いから該当する植物の名を求めるよう、配列と説明がなされている。栽培植物の場合は、学名・和名のABC順配列が基本であり、グループ分けがあるものは、生活型(一・二年草、多年草など)を使用している。つまり、名が先にあり、その名の植物の形態、性質、用途が記述されている。
 そのため、手元にある未知の植物の名を求めるという用途には向いていない。これは、日本、外国とも同じ。分類順に記述された栽培植物の図鑑を見たことがない。

 最近では、インターネット上で多くの情報が得られるようになり、「Plant Lens」や「Google レンズ」を用いて、ネット上の画像を検索することが容易になった。イチゴノキは、そのようにして調べた。ただし、AIによる写真のあてはめは万能ではなく、間違いが少なくない。何よりも、検索・一致したネット上の画像が正しいという根拠は全くないので、信頼できる文献によって確認する作業が必要である。
 さらに、常に新しい品種が作出されているうえ、栽培植物の命名規約は分類群のランクを表さないので、植物とその名の関係を正しく認識することはとても難しい。

ということで、当サイトの栽培植物については、あまり信用できないことになる。

木を植える(10)- SMCとか、スマート林業が昔に有ったら

新しい研究や施策に関与するのは、浮世のしがらみから。でも、若い頃に悩んだことを解決したいという思いもあって、積極的に関与してきた。

下の写真のスギ林は宮崎県の「飫肥杉仕立て」、枝ばかり多くて、荒れた林に見える。現在の常識ならば、年輪幅が広く、節だらけの材を作っていることになる。
 しかし、木造船を作る「弁甲材」としてみれば、ヤニの多い節は「生き節」であって、欠点にはならない。広すぎる年輪幅も、浮力を重視した用途ならば問題にならない。

飫肥杉仕立てのスギ林、枝ばかり多くて、荒れた林に見える。野帳によれば、5m強、3m弱の間隔だから 約666本/haの疎林、平均胸高直径が48cm。間伐や枝打ちはしない。

次の写真は、 弁甲材 独特の形を作るための「ハツリ」という作業。昔の林学の教科書に出てくる。写っている人物は、おそらく、最後のハツリ師。丸太の上に立ち、ヒゲが剃れるほどに研ぎあげたヨキを左右に振り下ろし、足の下の丸太の側面を削っていく。私は、見ているだけで恐ろしくて、そばに寄れなかった。手前の材は、左右を削った材を、90度倒したものになる。

「おびすぎ」の丸太側面を削った「弁甲材」。人物は、おそらく、最後のハツリ師。丸太の上に立ち、
ヒゲが剃れるほどに研ぎあげたヨキを左右に振り下ろし、足の下の丸太の側面を削る。

 組合長と話していたら、説明がボヤキになってしまった。今でも、よく覚えている。

「いま、国内の漁船はすべてプラスチック化して、弁甲材は使われなくなった。しかし、韓国には、まだ需要がある。漁港の整備がまだ充分でなく、座礁の危険があるからだ。木造船は座礁しても沈没することはないので、安心して乗ることができる。木造船を作るための弁甲材が生産できるのは飫肥だけ。もし、弁甲材の供給が途切れると、韓国でもプラスチック化が一気に進んでしまうだろう。一度無くなれば、二度と復活することはない。だから、供給を途切れさせないように、必死で材を集め、出荷している。ところが、弁甲材がとれるヤマはほとんど無くなってしまった。」
「山の中を車で走っていて、使えそうなヤマを見つけると、持ち主を探し、頼み込んで切らせてもらっている...」
 私は、「森林簿で探せないのですか?」と、問うたが。「それでは分からないんだ」と言われた。まさか、とは思ったものの、実態はそうだということを、後々、思い知った。

川上の人は川下の人が何を求めているのか分からないまま森林作りをして、川下の人は自分が欲しいものが何処にあるか分からない。
 林業分野の SMC(supply chain management)の原点はこの組合長の嘆きを解消することにあるはず。デジタル化という新しい技術がそれを可能にしたはずだが...実践できている地域と材種は限られているようだ。「必要とする人がいる限り、弁甲材を作り続けたい」という思いに、現代ならば、応えることができるのだろうか。

(初稿:2019年2月19日

木を植える(9)- スギ花粉による損失

私は30台半ばにスギ花粉症を発症している。発症の経過は典型的であった。スギの少ない(当時はアカマツばかり)の広島で育ち、スギの多い八王子市の外れに勤務して、ほぼ10年で症状が現れた。教科書通りなのは、正直者の所以だろう。以来40年近く悩まされている。治療法ができたということは聞いていたが、加齢により鈍くなると期待していた。

しかし、相変わらず、春先になると頭が重く、鼻水と目の痒さに悩まされるので、かかりつけの内科医にアレルギーを抑える薬を処方してもらっていた。たまたま、耳鼻科を受診する機会があり、舌下免疫療法のパンフが目に入り、相談してみた。半年もやればと思っていたら、少なくとも2年、3年以上が推奨、そして効果のある人は80%程度とのこと。しかも、「効果を発現するメカニズムは十分には解明されていません」だと。
 「抑制系の免疫誘導」なるもの、妙な話だ。そういえば、「マツノザイセンチュウ」に対する「誘導抵抗性」というのがあったけど、どうなったのか。
 ここで悩んだ。うまくいったとして、「生活の質」の改善を享受できるのは、10年程度だろう。天国にはスギ花粉は無いはずだから。しかし、「関係者」の一人として、実験に関わってみるのは悪くないだろう。

ということで、治療の開始を申し出たところ、まずアレルギーのテストをするという。自己診断では間違いないはず。というのは、小笠原島に行くと、症状が全くなくなり、戻るとすぐに発症するのが常だから。ともあれ、血液検査の結果が下の写真、スギは当然であるが、ヒノキの数値も結構大きい。舌下免疫療法を始めて2週間を超えたが、副作用らしきものは出ていない。少なくとも、次の次のシーズンまでは続けてみるつもり。しかし、薬代を計算して、唖然とした。2週間分の薬代が3,500円、うち負担額は700円だが、1年分にすると、18,200円になる。

アレルギーのテスト 結果、スギとヒノキの値が大きいので免疫療法を行う意味がある

30年前だったか、スギ花粉で国が訴えられた。その頃、造林担当の研究企画官として林野庁に勤務していたので、納税者からの苦情(お叱り)の電話が回ってきた。30分を超えることもあり、ひたすらお詫びと、言い訳。幸い(?)こちらも花粉症で、鼻水をすすりながら、「私たちも、仕事柄、花粉症が多いんですよ」と泣きを入れ、最後には、「頑張ってください!」と激励されたこともある。スギ花粉の話になるときりが無いが、次第に腹が立ってきた。薬代の自己負担金をゼロにして欲しい!

(初稿:2018年12月10日 )

木を植える(8)-樹木を過剰に期待しない

 「スギやヒノキの一斉林は災害に弱い」という見方は間違っている。その理由は簡単だ。定義を反転させてみればよい。「天然林は災害に強い」というのが成り立つのだろうか。さらに言えば、「手つかずの原生林であれば崩れない」と断言できるのか。

斜面崩壊が生じた場所と植生(森林か否か、森林の種類)の関係を調べれば、植生タイプの面積が多いほど、崩壊地点数が多くなる。

スギ林100%の地域では、崩壊地は全部スギ林である。人工林というものが存在していなかった時代、崩壊地はすべて自然林で発生したはずだ。もちろん、程度には差がある。植栽前の裸地や幼齢林の時代は成長した森林比べて表層崩壊を起こしやすいというのは事実だろう。手つかずの自然林にはそのような時代が存在しないからだ。

何が言いたいかというと、「森林の状態で災害を無くすことはできない」という事実である。土砂災害が発生するには様々な要素が関係している。要素のどれかが閾値を越えた時に、土砂災害が発生する。森林の状態というのは1つの要素である。

一つ目の図は、土壌養分についての「リービッヒの最少律」を「森林が水を貯える機能」に当てはめて説明したときの図である。この機能の総合評価である貯水量は、それぞれの要素の点数の合計や平均値ではなく、たった一つの要素で決まることが分かる。斜面崩壊の発生についても同様であり、どれか一つの要素が決め手になっているはずだ。もちろん、複数の板(要素)の長さが水面より低くなれば、流出量が多くなり、短時間で限界を超えるだろう。

桶に貯めることができる水の量は、最も短い板の高さで決まる。したがって、同じ資源を用いて桶を作る場合、板の長さを揃えるのが良く、1枚だけ長くしても効果はない。
表層崩壊は裸地・草地で発生し易い。
斜面に堆積(風化)した土壌の「すべり面」が樹木の根系より深い位置にあれば、森林の存在は崩壊防止には役立たず、すべり面にかかる重力に加算される。

(初稿:2018年11月10日 

木を植える(7)植える理由と評価

林業として木を植える理由は、その方が儲かるから。では、その成績を測る物差しは何でしょうか。

スギは斜面下部、ヒノキは斜面上部に植え、自然林はしっかり残す。
  1. 土地生産性 
    土地面積当たりの収量。収量は、材積・生物量・価格など。労働力をあまり考えなかった時代の考え方。
  2. 労働生産性 
    労働者1人・1日当たりの、材積・生物量・価格などに対する収益。この考え方では、植林は天然更新に到底及ばない。
  3. 投資額に対する利率 
     経済行為としてはこれしかないだろうが、造林屋のはしくれとしては納得できない。

    最近、以下の評価法が提案されています。単純明快、万国共通、政治的・社会的に公正・公平・中立的で、なおかつ差別・偏見が含まれていないのが特徴です。

◎ 「植林は自然林の面積を減らさないために行う」

つまり、植林することによって救われる自然林の面積が評価の指標になります。逆説的ですが、これ以上の表現は無いでしょう。
 全面積を植林にしたら? という反論もあるでしょうが。そもそも、自然が私たちにもたらす恵み以上を要求してはなりません。日本の場合、木材自給率を100%とするためには、供給量の増加ではなく、需要量を1955年レベルに低下させることが必要です。
 簡単に例示すると、私たちが家を一軒建てるために自然林ならば1haの森林を伐採する必要があると仮定します。針葉樹を植えて、利用すれば、伐採する森林面積は三分の一以下になるでしょう。まず、建築材は体積で利用するので、容積重(比重)の違いだけでも利用率が倍近くなります。さらに、幹の形状から、柱・板材とする長さを得るための利用率が大きく向上します。結果的に、自然林を多く残すことが可能になります。
 つまり、「同じ面積から、より多くの経済的価値」を求めるのではなく、「同じ価値を、より少ない面積」から得るという考え方。持続可能な資源利用のためには、これ以外に考えられません。これは、「持続可能な森林経営のための基準と指標」を検討するモントリオール・プロセスの討議過程で出てきたものと記憶しています。

木材需給量と自給率の変化
資料:林野庁「木材需給表」、「森林・林業基本計画」(2016年)
1990年レベルの需要量に対して、自給率を50%以上にすると、日本の森林はダメになります。
需要量を材積換算で、6千立米未満に留めることが必要。それ以上は、輸入しなければならない。

(初稿:2018年11月4日  )

木を植える(6) 樹種の選択

植林に適した樹種と、そうでないものがある。森林は樹木の集団であるから、集団生活ができる樹種でなければならない。同じ樹種を集団で生活させる(一斉林)と、ある林齢に達した頃から、虫害や病害により、バタバタと枯れていく。

樹種を混ぜて植えれば良いとの主張もあるが、必然的に相当数の無駄が出るので、経費をかけた植林には向かない。自然林の遷移を観察すると、土地条件に応じて、最も適した樹種が林冠を独占してしまう。最上層で太陽光の奪い合いは、同種で、同じ高さの林冠層を形成するからだ。

  1. 気候的極相の優占種となる樹種
    - 植林しても良いが、本来は不要
    広葉樹の例: タブノキ、スダジイ、ウラジロガシ、イチイガシ、アカガシ、ブナ
    針葉樹の例: シラビソ、オオシラビソ、エゾマツ、トドマツ
     気候的極相の優占種を植栽すれば、間違いなく成林する。しかし、苗木を植えなくとも、この森林になるのだから、植える必要はない。例外は、「遷移の速度を早める」ときだけ、例えば、長年月にわたって他の樹種に置き換えられていたスダシイ林を育成するには、種子を埋めるか、苗木を植える必要がある。
  2. 遷移の途中段階でのみ優占種となる樹種
    - 短伐期を繰り返す場合、通常は植林不要
    広葉樹の例: ミズメ、シラカンバ、コナラ、ミズナラ
     遷移が進むと極相種に置き換わってしまうのだから、短伐期で利用するのに適している。ミズナラを例にすると、自然林で優占することはない。ブナ林の伐採・収穫をを短い周期で繰り返すとミズナラが多くなり、純林に近づく。40~50年もすれば、ミズナラの下にブナの若木が目立つようになり、ブナの下の明るさではミズナラが生育できないから、次第にブナ林へと遷移する。
     ミズナラの高齢林は短伐期を繰り返して人為的に作り出したミズナラ薪炭林の伐採を止めてしまったから生じたものである。つまり、数十年前まで存在しなかった森林タイプである。カシノナガキクイがもたらす病害が新たに発生しても不思議ではない。
  3. 土地的極相で優占種となる樹種
    - 植林に適し、成長が良い 
    広葉樹の例: イチイガシ、ウバメガシ、シラカシ、シリブカガシ、マテバシイ 
    針葉樹の例: スギ、ヒノキ、アスナロ、アカマツ、クロマツ、カラマツ、アカエゾマツ
     土壌条件が良い場所では気候的極相を作る樹種に負けてしまうが、特定の土壌環境下でのみ優占する樹種である。古来、植林が成功した樹種は、すべて、このグループに入る。
生理的最適域と生態的最適域の違い

生理的最適域と生態的最適域の説明は難しいが、これを理解すると、植林、下刈りの必要理由が明確になる。

ケヤキ人工林 の例

ケヤキは材価が高いということで各地で植林されてきた。結局は、狭い適地にのみ良好な生育を示し、天然林以上の収穫量は期待できない。

(初稿:2018年11月2日 )

木を植える(5) 木を植える理由

前回、スギ・ヒノキを植える「拡大造林」を肯定的に述べた。当然ながら、光の裏には陰がある。最大の問題は、ことを急ぎ過ぎた点。齢級構成のグラフを見れば一目瞭然だが、念のため、人口ピラミッド風に縦グラフにしてみた。そして、絶望感に襲われた。私には、打つ手が思いつかない。

森林の齢級構成を人口グラフ風にしてみた

スギ人工林をめぐる問題の多くは、この齢級構成に原因がある。花粉問題もその一つ。昔からの林業地域で花粉問題が少ないのは、花粉の発生量が少ないからである。造林の教科書を紐解くと、若いうちから実を着ける樹のタネは使わないとある。ところが、拡大造林の笛太鼓に、優良母樹から得た苗木の生産が追い付かない。タネ採りのため山奥に向かった採種業者の目の前に、球果が鈴生り、しかも手の届く位置にあるではないか。思わず手を出す、そして、苗木をたくさん出荷すると、儲かっただけでなく、皆に喜ばれた。そして、20年も経つと....

九州の挿し木スギ造林

ここから、本論 スギに限らず、木を植えるには理由がある。もちろん、山林地主にとっては「儲ける」という理由があるが、「儲ける」という範囲、その功罪は別に議論する。ここでは、生物学的な理由を列挙してみる。

  1. 樹種を更改する   そのままにした場合、将来の樹種構成が期待と異なるとき、必要とする樹種を植栽する。
  2. 遷移の速度を早める 自然の推移任せて成林するまでの期間を短縮する。例えば、100年を、30年に縮めたいとき。
  3. 無立木地への植栽
    上記の2つの理由を合わせたもの。以下の条件を欠く場合は植えるべきでない。 
  • 種子など、繁殖のもとが存在していない (天然更新が期待できない) 
  • 成長するための無機環境(温度、光、養分)が適切 
  • 成長を阻害する非生物的要因(気象害、汚染)が少ない 
  • 成長を阻害する生物的要因(競争、食植動物)が少ない

(初稿:2018年11月1日

木を植える(4)なぜ、スギ・ヒノキばかりか

 しばしば、国策として「植えさせた」という論調がある。戦時中の強制伐採ではあるまいし、銃剣を突き付けて植えさせたとでもいうのだろうか?
 ほんとうの理由について、南九州で森林経営を行なっていた方(故人)は、以下のように話してくれた。

「戦後の木材不足の時代、持ち山にスギやヒノキがあった者は皆、木を伐って、儲けることができた。それを横目で見ていた者は争うようにスギを植えた。しかし、後から参加して儲けたものは、まだ、誰もいない。」

 木炭からプロパンガスへの転換が1960年代には終わり、薪炭林が必要なくなったことも、スギ・ヒノキの造林が進んだ大きな理由だろう。もちろん、国や県はスギ・ヒノキの植栽を推奨した。苗木を作るために、優良母樹を指定、採種林・採穂園を造成、育苗業者への価格調整(保証)、造林補助金の支出などが推奨の内容である。これは、「強制した」というより、「援助した」というべきだろう。

2000年以降は傾向が変わっているが、グラフの縦軸を替えないと良く見えてこない

 1983年4月から開始された、NHK朝ドラの「おしん」に、幼いおしんが大人に混じって苗木を担ぎ、植林に行く場面があった。これを見ていた年代の人ならば、高度経済成長以前の日本の暮らしぶりを知っているはず。若い人には長い説明が必要だろう。
 子供のおしんが植林に参加したのは、家に男手が無かったからだ。村有林などで、一家に一人は出ろという「強制」もしくは「同調圧力」があったことは否めない。しかし、植林とその後の保育作業によって、農家に日銭が入ったという意義は大きい。村外から嫁いだ女性の地位を向上させたとも聞いている。農作業による収入は嫁の手に届かないから、現金収入があるという意味は都会より大きかったはず。
 戦後の耐乏期から高度経済成長期に入ったものの、農山村には波及せず、都会への出稼ぎが一般化していた時代である。「拡大造林」のような社会的に意義のある政策が実行できなければ、農林省・林野庁が存在する理由はない。なお、「山村振興を目的とする行政部門としての林野庁」と、「国有林の経営を行う林野庁の現業部門」とを混同している方がおられる。「特別会計」とか、「人数が多すぎた」との批判の対象は後者であって、それもまた、歴史的な理由に基づく政策の結果である。

 造林がスギやヒノキに偏重したのは、以下のような理由もあった。
  ① 材が建築材としてすぐれている
  ② 成長のリズムが明瞭で、裸根の苗木で容易に活着する
  ③ 保育によって、材の大きさを揃え易い
  ④ 枝打ちをしても、不定枝の発生が少ない
 現代では、これらの理由にあまり意味はない。技術開発により克服できるからだ。

 土地所有者や経営者が望むとおりの造林ができるわけではない。社会の要請、言い換えれば「売れる」樹種を選ぶのは当然である。そして、それがまともに育つ「自然条件」が必要となる。適潤地を必要とするスギは谷間や北向き斜面の下部に、やや乾燥に耐えるヒノキは斜面中部に、せき悪地にはアカマツ、クロマツ、という植え分けが教科書に書かれていた。
 実際には、適地外にもスギを植える傾向があり、マツノザイセンチュウの侵入によりマツの造林は激減している。マツ林の跡に植林できるのはヒノキだが、どこでも良いという訳ではない。
 寒さのためにスギ・ヒノキが育たない場所・地域にはカラマツが植えられた。ブナ帯上部や亜高山帯の自然林を伐採してカラマツの造林を進めたので、非難を浴びることになった。しかし、元々は、木材の供給量を増やすために自然林を伐採して経済樹種を植えよ(拡大造林)と、多くのマスコミが行政を攻め立てたのだから、自然条件よりも社会の要請に基づくものであった。
 技術面では、カラマツの造林には問題が多かった。優良な苗木の調達、繊維のねじれ等の材質不良、害虫の大量発生などで、国や地方自治体の研究機関は対応に追われていた。ところが、1960年代に植えたカラマツが収穫されるようになると、利用技術の向上によって材質の欠陥が解消されて利用が進み、次世代もカラマツを植林するようになたため、苗木不足を引き起こすまでになった。


(初稿:2018年10月31日